チョコザップを「安いジム」とだけ見ると、この商売の本質を見誤る。
僕も最初はそうだった。
軽く筋トレできる場所。ライザップ系が作った低価格の月額ジム。たぶん多くの人が、そのくらいの理解で止まっていると思う。
でも実際に使ってみると、見え方が少し変わった。
先日、配達仕事の終わりに深夜のチョコザップへ立ち寄った。そこで僕が使ったのは、ガッツリしたトレーニングではなく、マッサージチェアだった。昨日は少しマシンを触り、今日は身体をゆるめてそのまま帰る。そこに「鍛えるぞ」という気負いはなかった。
そのとき気づいた。
チョコザップが売っているのは、筋肉ではない。
彼らが売っているのは、疲れていて、面倒くさがりで、継続が苦手で、でも何もしないのも不安な大人たちにとっての“都合のいい寄り道”だ。
言い換えれば、これは単なるジムではない。
生活の導線に差し込める、月額制の補助装置として設計されたサービスである。
「ジム」を売るな。「面倒くささの解消」を売れ
普通のジムが続かない理由は、必ずしも筋トレがきついからではない。
むしろ多くの場合、続かなくなる原因はそこに行くまでの面倒くささにある。
着替える。靴を用意する。時間を確保する。家から出る。人のいる空間に入る。
この一連の準備は、仕事で疲れた人間にとっては意外と重い。身体を鍛える前に、すでに気持ちが負ける。
チョコザップがうまいのは、そこを徹底して軽くしたことだ。
「よし、今日はジムに行くぞ」というイベントにしない。帰り道の途中で、少し寄る。数分だけ使う。今日は何もしなくてもいい。そういう使い方を許している。
サービスを高機能化するのではなく、利用のハードルを削り続ける。
これは商売としてかなり強い。
なぜなら、人は理想の自分のために毎日動けるほど強くないからだ。
だからこそ、強いサービスは「頑張る人」を前提にしない。頑張れない日を吸収できる設計を持っている。
ターゲットは「鍛えたい人」ではなく「整えたい人」だった
ここがチョコザップの一番おもしろいところだと思う。
普通のジムは、基本的に「鍛えたい人」を相手にする。
痩せたい、筋肉をつけたい、見た目を変えたい、健康診断を改善したい。そういう明確な目的を持った人が主な顧客になる。
でもチョコザップは、その手前にいる人まで拾っている。
そこまで本気ではない。でも少し気になる。疲れている。だるい。体を動かしたほうがいいのは分かっている。けれど、いきなり本格ジムは重い。
つまり彼らが狙ったのは、「鍛えたい人」ではなく「整えたい人」だ。
ここが大きい。
整えたい人は、筋トレだけを求めているわけではない。軽く身体を動かしたい日もあれば、何もしたくない日もある。疲労を流したい日もあれば、身だしなみを少し整えたい日もある。
昨日はマシン。今日はマッサージチェア。明日は何もしない。
このくらいのブレをサービス側が許しているから、会員でい続けやすい。
ここには重要な示唆がある。
今の時代に強い月額サービスは、利用者に理想的な行動を求めすぎない。“中途半端な利用”を失敗として扱わないのである。
「ちゃんと使えない日」まで吸収する設計がうまい
これは副業や商売を考える上でも、かなり大きなポイントだ。
多くのサービスは、「しっかり使ってもらう」ことを前提に設計されている。
でも現実の利用者は、そこまできれいに動かない。忙しい日もある。疲れている日もある。面倒で何もしたくない日もある。
ここで「ちゃんと使っていないからダメだ」と感じさせるサービスは、長く続かない。
人は罪悪感がたまる場所から離れていくからだ。
チョコザップはそこが違う。
マッサージチェアだけでもいい。少し座って帰るだけでもいい。5分だけでもいい。今日は何もせず店舗を眺めて帰っても、そこまで裏切った感じがしない。
この「利用の失敗を許す設計」は、かなり強い。
サービスに対して後ろめたさを感じにくいから、退会理由が溜まりにくい。結果として、会員はダラダラでも残る。
月額ビジネスにおいて、この「ダラダラ残れる」は実はすごい価値だ。
熱狂的に使う一部の人だけでなく、そこまで本気ではない多数の人を囲い続けられるからだ。
移動仕事と異常に噛み合う。「寄り道インフラ」としての価値
配達員として使ってみて感じたのは、チョコザップは固定の通い先というより、街のあちこちにある中継地点として見たほうが分かりやすいということだ。
家と職場を往復する人だけではなく、移動しながら働く人間にとって、この設計はかなり相性がいい。
稼働の途中でも、終わりでも、「少し寄る」が成立する。ここが普通のジムとはかなり違う。
スポーツジムは本来、「行くこと」自体が目的になりやすい。
でもチョコザップは、「他の目的のついで」に組み込める。配達の合間、買い物の帰り、駅前での待ち時間、仕事終わりの流れ。その導線に差し込める。
これはもう、ジムというより生活補助のインフラに近い。
僕自身、深夜に立ち寄ってマッサージチェアに数分座るだけで、かなり印象が変わった。
何かが劇的に変わるわけではない。でも、次に向かうためのワンクッションにはなる。その「少し助かる」が、街中に点在している意味は大きい。
サービスの価値は、機能の高さだけで決まらない。
どれだけ生活導線に自然に入り込めるかで決まる。チョコザップはそこをうまく押さえている。
チョコザップが示す、「今の日本人が金を払うもの」
この話は、ジム業界だけの話では終わらない。
チョコザップを見ていると、今の日本人が月額でお金を払いたくなるものの輪郭が見えてくる。
それは、完璧な専門サービスではない。最高品質の一点突破でもない。
むしろ逆だ。
そこそこでいい。気軽でいい。面倒が減ればいい。わざわざ専門店に行くほどではないけれど、少しだけ整えたい。そういう気持ちを受け止めるものに、人はお金を払う。
ここには、今の社会のリアルがある。
みんな疲れている。時間がない。気力も余っていない。けれど完全に放置するのも不安だ。だから、努力や気合いを前提にしない補助装置が好まれる。
チョコザップの強さは、「理想の自分」ではなく、今のダルい自分を前提にサービスを組んだことだと思う。
これは個人の副業や小商いにもかなり応用が利く。
高機能なものを一部の意識高い人に売るのか。あるいは、大多数の疲れた人たちに向けて、「ちょうどいい」「少し助かる」「失敗しても続けられる」ものを出すのか。
後者のほうが、今の時代ははるかに広い市場を持っている可能性がある。
編集後記
僕は最初、チョコザップを「安いジム」くらいに見ていた。
でも実際に使ってみると、そこにあったのは筋トレ施設というより、疲れた大人のための寄り道先だった。
昨日はマシン、今日はマッサージチェア。
このくらい適当な使い方ができるのに、会員でいる意味がちゃんとある。そこに、この商売のうまさがあると思った。
副業でも商売でも同じで、強いサービスは「理想の客」に合わせすぎない。
むしろ、疲れている、サボる、継続できない、でも少し助かりたい――そんな多数派の現実に合わせた設計のほうが、結果として広く刺さる。
チョコザップを見ていると、これからのサービスづくりで本当に必要なのは、高度な機能よりも「生活の途中に置けること」なのかもしれないと思わされる。
鍛える場所ではなく、つい寄ってしまう場所。そこに月額ビジネスの次のヒントがある。



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